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■ ビクトリアフォールズ駅 ③ 

日曜の朝、ゆるやかな坂道を登っていくと、前から
白いブラウスとひざまでのパンツ姿の女性が、
楽しげに歌いながらスキップをして坂を下りてきた。
片手にノートのバインダーを持ち、もう一方の手は
踊るようにリズムをとっている。
どんな歌を歌っているのか、耳を澄ませてみた。

  「私は人に会いに行くのよ!
  今まで会ったことのない誰かに会いに行くのよ!
  今まで会ったことのない人がやって来るのよ!」

私は立ち止まって声をかけた。
  「ハローシスター、どこに行くの?」
  「ビクトリアフォールズ駅よ。もうすぐ、ブラワヨからの
  汽車が着くのよ!今まで会ったことのない人達が降り
  てくるわ!さあ、一緒に行きましょう!」

明るく、どこか親しみのわく彼女に誘われて、私も駅に
行ってみることにした。
彼女の名前はシシリアといい、シーランド(Sealand)
という旅行会社で働いていているという。
毎朝、ブラワヨからの汽車が着く頃、駅に行き、汽車から
降りてくる観光客に、ザンべジ川下り、ゾウの背中にまた
がって散歩、サンセットクルーズなどなど、この土地なら
ではの楽しみを紹介しているのだ。
バインダーには、それらのアクティビティを一覧にした
パンフレットが綴じられていた。
この仕事について7年になるという。

駅に行くと、ブラワヨでなく、南アフリカからの列車が、到着
していた。車両はドアが木製で、深いグリーンの車体は、
よく磨かれている。コンパートメントは、シャワーとトイレ付
きで、ダイニングもあるらしい。
ドアが開くと、制服を着た白人の女性職員が、客の大きな
スーチケースを移動させているのが見えた。
この列車は、ここから居り返してブラワヨに戻るが、
2~3週間に1本だけ、ザンビアに抜けてタンザニア
まで行く列車があるらしい。

ビクトリアフォールズ駅のホームには、柵も塀もない。
人々は線路をまたいで、駅の周辺を自由に歩くことができる。
人々だけでなく、イボイノシシも2頭、人に混じって線路を
横断していた。別に珍しい光景でもないのだろう、誰も
イボイノシシに気にとめている様子はなかった。

駅の前の深い木陰の道をわたると渡ると、すぐ前に
ビクトリアフォールズホテルがある。
ホテルからは、ビクトリアの滝の白い水煙と蛇行する断崖、
ザンビア、ジンバブエ間の橋がパノラマのように眺められる。
イギリス人の入植者は、今から100年前に、これぞアフリカ
というような絶景の地に線路を引き、駅とホテルを建てた。
建てたと言っても、炎天下、木を切り、地をならし、石を積んだ
のは、その地で暮していたジンバブエの人たちだが。

ブラワヨからの列車は2時間遅れてやってきた。
列車からは、大きな荷物を抱えた人達が、よくもこんなに
乗っていたものだと思うほど、次から次と降りてくる。
乗客が全員、車両の外に出てくるまで、30分くらいかかった
のではないだろうか。
線路に降り立った人達は、あらゆる方向に散っていく。
しかし、観光客らしい人は、降りて来なかった。
シシリアはがっかりすることもなく、顔見知りの人たちと
楽しげにおしゃべりをして笑っている。
仕事のためだけでなく、この駅は、シシリアにとって
一日に一度、来なくてはどうも落ちつかない、仲間と
点呼をとりあうような場所なのだろう。

シシリアと別れたあと、私はビクトリアフォールズホテルに
行ってみた。大きな木陰のテーブルで南アフリカからの
列車で来た観光客が、絶景を眺めながら食事をしていた。
ホテルの従業員は全て黒人で、客はみな白人、
その日の客のなかには、アジア人すら見当たらなかった。

              高橋 朋子(ジンバブエ)

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