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■ ビクトリアフォールズで出会った人たち ② 

 一日目の夜、レストランで食事をしていると、近くのテーブ
 ルにいた女性が中国語で話しかけてきた。私を中国人だ
 と思ったらしい。
 若草色の刺繍が入ったゆったりとした服にズボン姿で、30
 代後半か。名前はヤファン、電話通信関係の仕事で各
 国を回っているとのことだった。明日はビクトリアフォール
 ズ駅から汽車でブラワヨに行き、そこから南アフリカに行くと
 言う。
 立ち話では話が終らず、食事のあと、一緒にお茶を
 飲むことにした。

 ヤファンのテーブルには、3人の男性が座っていた。
 精神科医のベン(70代)、鍼灸師のジョック(40代)、この2
 人は、カナダのガブリオラ島で、一緒に鍼灸心療所を開いて
 いるのだという。心の治療には、鍼灸だけでなく禅も取り入
 れているらしい。ベンは中国人だが、ジョックはイギリス人の
 ようだった。
 もう一人は、ヤファンの会社のサハラ以南の支店をまかされ
 ているという30代の中国人のジング。
 テーブルに着くなり、私はベンにこう聞かれた。
     「あなたは、アート人(型)ですか?」
     「はい」と私は答えた。
 
 ヤファンが席をはずしていた時、ジョックはこんな話しをした。
     「彼女は世界中に6万5千人の社員がいる会社の
      ナンバー2で、その会社にはマネージャーだけで
      2000人もいる。僕たちは、そのマネージャーたち
      に、”人とは、心で接しよう” ということを教えに回
      っているんだ。今まで教えられたマニュアルを壊しま
      しょう、ってね。」
     「僕たちは、そろそろリタイアしようと思っていたんだけ
      ど、ボス(ヤファン)の考え方は、中国にとどまらず世
      界的で、”人はみな、自分でビジネスをするようになら
      なくてはいけない”という、まるで太陽のような考えな
      んだ。
      僕らも同じ考えで、あなたも同じと思うけど、自分の
      生まれた国に自分をつなぎとめずに世界の中で生
      きているし、それでベンとこの仕事を引きうけたのさ。」

 テーブルに戻ったヤファンに、そういう考えに至った背景を
 聞いてみた。
 彼女が言うには、うつ病になる社員が増えているので、人と
 心で接し、人に愛情を持てば、すべてが明るくなることを知ら
 せたいのだと言う。
 ジョックは、うつ病は途上国、先進国に関係なく、システムや
 経済状態にも関係なく、世界的に増えている、と付け加えた。
 うつ病の治療を1対1でやっていては、10年以上かかってし
 まうので、ジャックとベンの場合は、昼間20人くらいのグルー
 プでオープンに話をし、夜に1対1で話しをする時間を持つの
 だという。
 
 ヤファンは「ロシアでは、目を閉じてと言っても、閉じることがで
      きないマネージャーがいたわね、不安がって。彼の場
      合は、ゴルバチョフからイェルツィンに代わった時に、
      何かあったのよ。」
 
 この、グループで話しを進めるというやり方は、名案に違いな
 い。
 医者と1対1でカウンセリングをしても、結局、また個室に戻って
 しまうだろう。回りにも、自分に似た人たちがいると知るだけで、
 どこかに自分をつなぎとめ、人と手をつなぐことができるので
 はないか。
 ベンは音楽を治療に使う方法を、40年前からやってきている
 と言う。ジャックとヤファンは、「心に病がある人と話し、数分後
 にその人の心の扉になる曲がわかる。ベンはその曲をみつ
 ける天才よ!」と言って称えた。

 ヤファンも自分自身、グループに加わり、1週間、2人のカウンセ
 リングを受け、気持ちがすっかり変わり、声を出して笑うように
 なったのだと言う。そのグループの人達もみな同じように、何か
 から”抜け出た”と感じ、変わったと言う。
 それで、数年前から、年に一度、3カ国を3週間かけて回り、
 マネージャーを対象にセッションをすることにしたらしい。
 昨年はニカラグア、キューバ、ブラジル、今年は、アフリカを
 まわり、明日は、南アフリカに行くというわけだ。
 ビクトリアフォールズでの2日間は、休暇だった。
 
 私達は色々な話しをした。
 ベンの鍼灸は、5000年前の方法で、
 中国には、文化大革命のころ、自由に話しをしすぎて30年
 間投獄され、今は大人数のバンドを作り、5000年前の音
 楽を演奏している偉大な人がいて・・・・・・。
 どの話も、5000年前からはじまったような気がする。
 
 不思議な3時間だった。
 
 ジンギとはいつかハラレで、
 ヤファンとは中国で、
 ベンとジャックとは、またどこかで再会しよう!と、
 握手をして別れた。

 翌朝、みんなで囲んだ丸いテーブルを見た時に、
 やっとヤファンに感じていたイメージがことばになった。
 それは、天女 である。 (つづく)
              
                  高橋 朋子(ジンバブエ)

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