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■ ボブ・マーリィーを覚えている 

ヘラルド新聞に載ったジャナグルアートセンターの記事の横に
「Marley remembered」という見出しの記事があった。
 Merley とあれば、アフリカでは=ボブ・マーリィーの
ことである。

マーリィーは1980年4月18日、ジンバブエの独立の式典に
国賓として招かれ、ハラレのルファロ(自由)スタジアムで
”ジンバブエ”他を歌っている。
その翌年5月11日、マーリィーは脳腫瘍で37歳の生涯をとじた。
しかし、命は終わっても人々の記憶は消えない。
毎年、命日が近づくと、アフリカだけでなく、世界のあちこちで、
マーリィーの追悼コンサートが開かれている。

アフリカに向かう前、大阪に住んでいた私は、神戸の須磨海岸で
開かれた追悼コンサートのため赤黄緑の横断幕を作った。
そのコンサートに来ていたアメリカ人の女性シンガーと
親しくなり、それがきっかけでフィリピンに行った。
アキノ大統領が暗殺された翌年である。
そのシンガーはボブ・ディランの大ファンで、ディランの顔を
写真のように似せて何枚も描いていた。
彼女は、マーリィーは「どこかにせものの匂いがする」と
言っていたが、私にとっては、とことん本物だった。


私がルファロスタジアムに立つことができたのは1987年、
ポール・サイモン、ミリアム・マケバらによる反アパルトヘイト
コンサートの時だ。あの日から、アパルトヘイトは7年も
続いたのだ。

ヘラルドの記事には、ハラレとアメリカで開かれたマーリィーの
追悼コンサートについて書かれている。
ケニア、タンザニア、ザンビア、南アフリカ、そして
サルコジが大統領に選出されたフランスでも、今年はマーリィーの
追悼コンサートが開かれているにちがいない。
                       (高橋)

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