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■ MOSI-OAーTUNYA (モシ オア トゥンヤ) -1- 

 ジンバブエで、観光客が一番多く訪れるビクトリアフォールズ
(滝)に行ってきた。ハラレから陸路で約800キロ、飛行機だと
1時間半の距離である。
 空から見る大地は美しく、以前、ブログで紹介した写真集、
『フライング ハイ アフリカ』のページが次々とめくられて
いくようだった。
 
 ビクトリアフォールズの空港は、広大なナショナルパークの中に
ある。現在、中東のカタールから大型の直行便を迎えるために、
滑走路の拡張工事が進められているが、木々が生い茂る緑の
海のような中にあっては、拡張後の滑走路でさえ、絆創膏ほど
にしか見えない。
 
 滝をかたどった空港ターミナルでも工事がはじまっており、新しく
ハングルの看板の店が出ていた。そういえば、飛行機には中国人観光
客が何人も乗っていたし、アジア人のビジネスが増えたのかもしれない。

 ハラレは台風が近づき肌寒いほどだったが、標高1000m
以下にあるビクトリアフォールズの気温は34℃という暑さだった。
それでも人々は、「今日は涼しいね!」と挨拶を交わしている。
気温の割に湿度は低いのか、公園の芝生で気持ちよさそうに昼
寝をしている人が何人もいた。

 さて、ビクトリアフォールズ(滝)という名称だが、これはイギリス
人が入植してきてこう呼びはじめたのであって、地元の人達は、
どう呼んでいたかと言うと、
 ”MOSIーOAーTUNYA” モシ オア トゥンヤ で、
 雷鳴が轟く水煙の滝、という意味である。
 
 同じように、ジンバブエ遺跡の近くにある町は、植民地
時代に ”フォートビクトリア” (ビクトリアの砦) と呼ばれて
いたが、こちらは独立後に ”マシンゴ(Masvingo)”(ショナ語
で砦)という以前の名称に戻された。

 もう20年前になるが、ハラレのコンファレンスセンターで、
イギリスのバンド、Misty in Roots のコンサートがあった。
 このバンドは当時、イギリスのLKJやスティールパルスと
並ぶ人気の高いレゲエバンドで、会場は満席!大統領の
お母さんの顔もあったのを覚えている。

 このMisty in Roots のメンバーのムーニャ・ブラウンは
その後、ジンバブエに居を移し、当時のジンバブエの国歌
「イシェコンボレラ アフリカ(神よアフリカに祝福を)」をレゲエに
アレンジして発表、そのレコードのレーベルが”MOSIーOA-
TUNYA” だった。
 真ん中に、大きな滝が描かれたレコードは新鮮で、国歌がレゲエの
リズムに乗り静かに船出したような気がしたものだ。
                             つづく 
                         (高橋)
        

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