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■ 木陰での練習風景 

雨期がはじまる前の10月、今年はカンカン照りの日が続いた。

アートセンターの横に作った稽古場 (といってもセメントで地面を固め、ベンチとテーブルを作っただけなのだが)には、グングンと育つ木が何本もあり涼しい木陰を作ってくれる。

ほこりが立たないように、ホースで地面に水を撒くが一時間もすれば乾いてしまう。その上で、子どもたちのほとんどが裸足だ。

この日、アートセンターの裏のビルを建設中の中国人の男性がジャナグルの稽古を見に来た。オレンジ色のヘルメットをかぶって、写真の真ん中あたりに写っている。

古いトタンの塀のすき間から入ってくるのか、いつのまにかやって来て、いつのまにかいなくなる。目が合えばニコニコとして愛想がよいので、マルンガは「お隣さん」と呼んでいる。

今日こそはと、手帳とペンを持ってお隣さんに挨拶に行った。
まずは私の名前を書いて見せる。
私は「高橋 朋子 コジャ ポンズ」。
「名前?」と書いて見せると、お隣さんは、「殷 雷」 in rui と書いた。
「イン ルイさん、よろしく」と握手をして自分のベンチに戻った。


時折、ジャカランダの甘い香りが流れてくる。
次々と咲いては散り、一ヶ月が過ぎた。

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■ ハラレのンバレムシカ 雨期近し 

ハラレは乾燥した暑い日が続いている。雨が降りそうで降らない。
水に足を浸しているだけでも気持がいいのだが、断水が続いている。

ンバレムシカのマーケットに、収穫を祝うダンスで使うルセロ(バス
ケット)を見に行った。
畳1枚ほどのテーブルの店がズラリと並び、色んな物を売っている。

楽器もあればクラフトもあり、素朴な器や槍、木の彫り物、
見た目では、それが何なのか想像もつかないものも並んでいる。

いつも行く店で水がめを見ている間に、長い教会のガウンを着た青年が
小さなカボチャの実をくりぬいて作った柄杓を買って行った。
値切りもせず、ひとつ2ドル。これからどこかにお祈りに行くのだろう。
天然の柄杓で飲む水は美味しいに違いない。

店番をしているお母さんたちと目が合うたびに、「なんて暑さ!」
という挨拶が返ってくる。
元気なのは、歓声を上げて通路で遊んでいる子供たちだ。

ホショを鳴らしドラムを叩いて演奏している男たちもいる。
演奏しながら自分たちのCDを売っているらしい。

ンバレの道路沿いに、こんなじっくりとした絵がある。
赤ちゃんをお守りして抱く女の子、よく見かける光景だ。
だが、ふたりの頭からは青々とした植物が成長している。
将来を志向してか。思考が芽を出したか。

どこにでもあるようなアパート、その小さな窓からはみ出した洗濯物、
すすけたセメントの塀、景色のすべてが、道行く人さえ、
この絵の深みの中に、ちょこんとおさまってしまう。

体は遠くに行けずとも、私たちは、どこまでも自由だということを、
この絵を見るたびに思う。

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■ ジンバブエの選挙 ②沿道の選挙広告 

 こちらは、選挙が終わり3ヶ月近くになりますが、今だに候補者のポスターが貼られたままです。

 日本では、決められた場所に決められた期間しか貼ることができませんが、ここにはそういう決まりはなく、電信柱、道路標識の裏、木、岩、塀、配電盤の箱など、こんなところにまでと思うほど、あちこちに顔写真のポスターが貼られています。

 ハラレの市街地に向かうムタレロードには、今も与党 ZANUーPF の幅5メートルもある立て看板があります。

 「ZANUーPFに投票しようー私たちのマニフェストはだれをもエキサイトさせる」と書かれているのに、写真は対立する党の大統領候補と元財務省の大臣です。

 よく見ると、元大臣が読んでいるのは、ZANUーPFのマニフェストで、後ろからどれどれと覗き込んでいる人もいます。

 MDCでさえ、こうして読んで感心しているではないか、ということでしょうか。

■ ジンバブエの選挙 2013 ① 人々は結果をどう見ているか 

 ジンバブエで、前回選挙が行われたのは2008年です。その選挙では、対立する
2つの政党の間で死者が出るほど暴力的な争いが起こり、選挙監視団を送り込んで
いた近隣諸国で構成するSADCは、事態を収めるために暫定政権を提案しました。

 その内容は、2つの政党の党首が大統領と首相になり、省も半分に分けてそれぞれの党から大臣を立てるというもので、ケーキを2等分して2党で分け、同じ数のろうそくを立てる、という感じでした。期限は3年です。
 
 しかし3年を過ぎても選挙は行われず、期限を過ぎて2年目の7月に実施されました。

ジャナグルのツアーが終わりメンバーが帰国した直後で、まだ日本に残っていた私は
ジンバブエの現状が気にかかり、何度かハラレに電話をして様子を聞きました。

 話によると、ハラレは意外にも平穏で、普段と変わりがないということでした。学校は選挙のために混乱のないよう、春休みの時期を早めたほどなのですが。

 ジンバブエに選挙の取材に行くと電話をしてきていたNHKの記者も、いつのま
にかハラレに入り、通りに立ってマイクを持ち「前回に比べ、予想外の静けさです」とニュースで伝えていました。

 選挙の結果は、この国を独立に導いたZANU-PFが勝ち、欧米がバックに
つき、資金も豊富なMDCが大敗しました。

 欧米のメディアは一貫して、「民主化をすすめるMDC」という報道をしてきましたし、党首の顔を大きく描いた真っ赤な大型バスが「チェンジ」をスローガンにして、国内を走る光景は、新しくて、今より良い明日、という期待を抱かせたのですが。


 ハラレに戻り、この選挙結果について、友人・知人に聞いてみました。

  ● 欧米が資金源のMDCが政権をとれば、ジンバブエは再び植民地になり地下資源が大きく開いたゲートから、大手を振って持ち去られることになる。それだけは絶対に避けたかった。

  ● 西アフリカのマリでは、かつての宗主国フランスが、アルカイダからマリを守ると派兵して内乱状態になっている。混乱している間に地下資源が奪われることになるかもしれない。白人は、欲しいものがある時しか近づいてこない。

  ● ジンバブエのダイヤモンドをはじめとする豊富な地下資源が、MDCが政権をとると欧米に流れ、それに反する国内の勢力と抗争がおこり戦争になりかねない。戦争だけは、絶対にいや。

  ● 独立のための戦争で言葉にできないほど苦しんだ。何があってもあの戦争にだけは戻りたくない。今のままが良い。

  ● 戦争状態になるより、貧しい暮らしを選ぶ。

  ● MDCの党首、チャンギライは妻が亡くなって間もない頃から何度も再婚騒ぎを繰り返した。何億ドルもする新居を建設するお金は、は一体どこから得るのだろう。リーダーの資質なし。

  ● MDCは「旬」を逃した。所詮、国の(独立の)ために闘ったわけではない。

 以上のように、支持する党に投票したのではなく、支持できない党に投票しなかったという人が、多かったようです。
                                (続く)

■ ハラレは初夏、ジャナグルは元気に稽古に励んでいます! 

 長い間、ご無沙汰し、ご報告もせず、申し訳ありません。

 今年の夏のジャナグル日本ツアーは、おかげさまで大成功でした。

 随分と遅れてしまいましたが、お世話になった皆様に心から御礼を申し上げます。
 

 今年は、念願の広島で公演をすることができ、メンバーと原爆ドームに行くことも

 できました。 ドーム前に居られたボランティアの方々に英語で説明を受け、子ども

 たちの表情が、見る見る変わっていきました。

 これまでドームを訪れたジンバブエ人は5人でジャナグルのメンバーが6番目~

 11番目に当たるそうです。

 広島をはじめ、公演した町には、胸がいっぱいになるような思い出ができました。

 今は、その思い出話に花を咲かせながら、10月の国立公園省の催しの稽古に

 励んでいます。(写真には、昨年、日本に行ったメンバーも写っています。)

 
 さて、ジンバブエの現況、地域にもよりますが、毎日、長時間停電になり、 停電に

 なると井戸水も汲み上げられず、困ります。

 せめて時間が決まっていれば、乗り切れるのですが・・・・。
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