fc2ブログ

■ 小学校対抗 器楽・合唱・伝統ダンス大会(つづき) 


HRE PriSch Dance Compatition 013 (640x480)


色とりどりの制服を着た子どもたちが、一列になって会場のホールに向かい、

全員が集まったところで国歌を斉唱、今日という日に感謝のお祈りをした。


HRE PriSch Dance Compatition 024 (640x480)


まずは、器楽演奏から。踊りだしそうないきおいでマラカスを上げ、シャカシャカ、バーン!


HRE PriSch Dance Compatition 061 (640x480)


器楽演奏は座って聞いていた先生たちだが、上手な伝統ダンスのチームが登場すると

立ち上がって口に手のひらを当て「ウァウァウァウァ!!」、鳥のさえずりのような

ウルレーションが飛び、体をゆらし踊りはじめた。掛け声も飛ぶ。

窓の外を見ると、子どもたちも思い思いに体を動かし、ィエエー!などと

声をかけ合いながら踊っている。ドラムの音で、いきなりスイッチが入った感じだ。


HRE PriSch Dance Compatition 065



どの学校が優勝したのか、ダンス部門では、まちがいなくみんなを躍らせた

あのチームが優勝したに違いない。

テーマ曲の「ホソ」(ジャナグルJrでもおなじみ)も上手かったし、自由選曲も

勢いがあって素晴らしい買った。


帰り道、校庭で「さようならー」とコーラスグループの子どもたちが手を振っている。

『初めて来る学校で、他校の生徒に出会い、練習の成果を発表した楽しい日!』

という表情だった。

スポンサーサイト



■ 小学校対抗 器楽・合唱・伝統ダンス大会 

ハラレのハイフィールドの小学校のピッサ校長から「歌とダンスの対抗試合が

あるから是非、見にいらっしゃい!熱いわよ。」という電話があった。

朝9時からというので、少々遅れるだろうと9時半に行ったところ、スクールバスや

チャーターしたワゴン車から生徒たちが降りて、それぞれ木陰に集まり準備を

はじめているところだった。

(この大木の根元から塗られた白黒は、蟻を防ぐ薬品だと思う。)つづく

HRE PriSch Dance Compatition 005 (640x432)

■ ンバレムシカに現れた絵 

2011 jan 021 (640x480) (510x320)

ンバレムシカ(市場)に行く途中、公営住宅の壁一面に描かれた
鮮やかなブルーの絵が目に飛び込んできた。
年に一度開催されるアートフェスティバルに国外から参加したアーティスト
が、描いたらしい。

SMILE DANCE LOVE、
鮮やかな色の幾何学的な模様は顔にも見える。
左側の男の子の顔には描いた人の愛情が感じられ、ステキだ。
なんだか元気が出るし、何度でも見たくなる。


手前に写っているのは、石鹸や鍋、古着や布などを並べて店開きをする人たちと、
それを見に来ている人たちだ。大体が、一人一品の店である。
インフレで苦しんだ後、自国の通貨が無価値になり今や米ドルを使っている
のだが、おかげで物価は数倍にハネ上がった。
仕事がみつからなければ、何かを少しでも安く仕入れて売り、
サバイバルするしかない。


いつのまにか雨雲が近づいてきた。

空を見上げる時、カラフルに子どもが笑っている絵が目に入る。
どんな時でも、笑うのを忘れないでね、と笑っている。

この絵は、ンバレを通る人たちへの素晴らしいプレゼントだ。


■ 猛暑が続くハラレ 

 ハラレは連日、35℃を超える暑い日が続いています。
まわりの人に聞いても、みな今年は特別暑い、この暑さは
たまらない、と雨を待つしぐさ。
 11月に入りあと2週間ほどで雨季がはじまるはずです。

 日差しが強いので、真昼はみな木陰で涼んでいます。
町は、今、このマッチ棒が燃えているような形の花が満開。
 暑い季節の、暑そうな花です。

2011 10 JAC 他 028 (640x479)



 先週、ハラレのハイフィールドにある小学校に用事があって
行ったところ、ちょうどトラディショナルダンスの地区大会の
最中でした。


 校長のミセス・ピッサは「この暑さは私のせいじゃないわよ、
私のは名前だけですからね。」ピッサとは、ショナ語で”暑い”と
意味なのだ。みんなで大笑い。元気で楽しい校長先生だった。


 この小学校は、地区大会で上位に入っているらしく、会場は
盛り上がっていて、用事どころではない。改めてたずねることにした。


 外に出て携帯電話で話していたら、聞きなれない日本語にいつの
まにか子どもたちが集まってきて、これはチャイニーズだの、
いやなんだのかんだの言っている。


 校門の外には、凍らせた袋入りのジュースを売る人が、子どもたちを
待っていた。