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■ 日本から絵本が届きました! 

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神戸のイラストレーターの宮城彬瑚さんが、お友達の飛鳥さんと作った
世界で1冊という手作りの絵本「ハッピーフラフープ」を送ってくれました!
ジンバブエの子供たちに読んでもらい感想をお知らせくださいとのこと。

一番最初にこの本を手にしたのは、ジャナグルジュニアの最年少のティチャ
ファラ君6歳、愛称は、”ティーチ”で、ホショ(マラカス)とダンスが大得意!
そして絵本も大好きです!!

ティーチ君は本を見て、色の美しさに感嘆!動物の絵が多いので、絵を見なが
ら自分でストーリーを創作しています。一番、気に入ったのは、象の鼻先に
ハートがある絵。

絵本を見ていたら、なんだか自分も色を使って何かを描いてみたくなったよう
です。
といってもティーチ君が描くのは、大好きな車ばっかり。それも変わった
形をしていて、中には煙が出たり、ガソリンが切れて動かなくなった車も
あります。ここでは、そういう車をよく見かけるので、それが自然なので
しょう。

日本から届いたかわいくてきれいな絵本を何回もめくり、自分の描いた絵を
展覧会のように貼って、今日は「100回しあわせ」だそうです。

宮城さん、飛鳥さん、どうもありがとう!!!
                        高橋朋子

ジャカランダ jena j 117



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■ コレラで親戚を亡くした人の話 

数日前、政府がコレラの汚染地区は、全国9県のうち8県にまたがると
発表した。断水に加え、汚水処理が追いつかず、じわじわと広がって
いたのだ。

発生地はこれまでチノイ市とされていたが、今はハラレ市で最も多く
感染者が出ており、なかでもブディリロ地区に集中している。

WHOの発表によると、感染者は約9000人、死者は380人だ。
国境を超えて、隣国のボツワナ、南アフリカに入ったジンバブエ人の感
染も報告されており、今や近隣国もコレラ対策を立てざる得ない状況で
ある。

感染は身近でも起きている。

11月24日、友人の姪がコレラで亡くなった。
亡くなる2日前に用事があって、ブディリロ地区に行ったらしい。
具合が悪いという連絡を受けて、友人がかけつけた時には、もう亡くなっ
ていた。

以下は、その友人の話である。

・・・・・・姪が亡くなり、すぐに警察に検死を頼みに行ったが、コレラで死
亡した場合は検死はできないと言われ、公立病院のドクターのところに行く
ように言われた。
ジンバブエで一番大きな公立のパラレニャトゥワ病院に行ったが、ストラ
イキ中でドクターはいなく、2番目に大きなハラレ病院に行ったところ、
そこもドクターはストライキで不在。
あそこであれば・・・・と、感染病専門のナザレス病院に行ってみたが、何と、
そこもドクターはストライキでいなかった。

どうして良いかわからず、ブディリロの病院に行ったところ、たまたま5時に
仕事を終えて帰宅しようとしていた検査官が話しを聞いてくれ、再びユニフ
ォームに着替えて一緒に家に行ってくれた。

検死の後、検査官は家に集まっていた人達に、コレラとはどういう病気か、
感染の防ぎ方について詳しく説明し、葬儀の場での飲食を一切禁じ、家中を
消毒した。

遺体を専用のビニールの袋に包み病院の安置室に運ぶために車を捜した
が、コレラと聞くとみな首を横に振り断わられた。
やむなく高橋の乗用車を借りた。

遺体を安置室に運んだあと、検査官は車のすみずみを、タイヤにもスプレー
をかけて消毒した。

その翌日、いつも診察を受けている私立のクリニックのドクターに会いに
行ったが不在、その翌朝の出勤を待ち、死亡診断書を書いてもらった。

その診断書を持って警察に行ったところ、明日28日、埋葬許可書を取りに
来るようにと言われた・・・・・。

今日は28日、亡くなって5日経過している______________

埋葬許可書が出たら、ハラレ市に墓地の埋葬料を払いに行き、棺を買い、
墓地に埋葬する_____これが人を弔う全過程である。

葬儀会社もあるが、費用が高いので、たいていはこの全過程を遺族が
することになる。

この過程をクリアするのは大変だ。

どの病院もストライキ中で、テレビのニュースの時間に、厚生大臣が、
「昇給をしますので、職場に戻ってください」と、職員に呼びかけている。

銀行から引き出せるお金が制限されているのも問題だ。
今、一番安値な大人用の棺は2万円らしい。棺ひとつを買うために
何日も銀行に並ばなくてはならないだろう。

遺体安置室は、引取り手のない遺体でいっぱいになっている。


高橋 朋子

■ インフレで進級がますます難しく  

早いもので、今年も残すところあと7週間。
昨年の今頃は、みな大統領選挙に希望をかけていたが、新しい内閣も
決まらないまま、年の瀬を迎えようとしている。

8月に新たに発行された紙幣は、すでに最高額が100万ドル札に達し、
少額紙幣は次々と紙切れのようになっていく。
この激しいインフレの影響をまともに受けているのは、大人だけではない。

学校の中には、公立、私立に限らず、1年以上前から先生がストライキを
しているところがあり、授業を受けられないまま、3学期を迎えている生徒
が沢山いる。

授業が行われていないのだから試験をしても仕方がない、『教育省は授
業がなかった学校の生徒は進級せず、来年もう一度、同じ学年をすること
に決めた』という噂が、先月からあちこちで聞かれるようになった。
この1年が無駄になるのだ。

一体どうなるのだろう・・・・?と、思っていると、テレビのニュースに試験の
総監督のような人が出てきて、まるで何事もないかのように、「えー、今年
の試験はいつも通りに行います。」と発表した。
とても重大なことなのに、まるでタクシーの運転手に行き先を告げるような
簡単さだった。

そして、その試験は近づき、保護者は生徒以上に慌てた。
何と、今年の試験は小学生も有料!になったのである。

インフレのため、学校には資金がない。でも先生達は頑張って何とか試験
の準備をするから、保護者も頑張って欲しい、というのだ。

その試験料は学校によって異なる。
ジャナグルジュニアバンドのメンバーが通うハラレの街中にある小学校の
場合、生徒1人、アメリカ10ドルか南アフリカ100ランド、ジンバブエドルの
場合は100万ドルだ。

今やスーパーマーケットの商品はほとんどアメリカドルで値段がついている
が、商品に限らず、授業料も試験料もみな外貨で払わなくてはならないのだ。
自国のジンバブエドルは、まるで<例外>扱いになってしまっている。

その例外のお金も、1日50,000ドルしか自分の銀行口座から引き出すこ
とができない。炎天下、何時間も列に並び、やっと手にしたそのお金で、せ
めて1週間くらい生活できればいいのだが、悲しく悔しいことに、50,000ドル
では食パン1本すら買えないのだ!!
いや、・・・・・銀行までの交通費すらおぼつかないのだ。

いくら昇給されても現金で払われない限り、意味がない。

そのバンドの子のクラスは49人学級だったが、交通費が毎日のように上がっ
た9月の中頃から生徒が更に減り、今では30人前後になっている。
バスを乗り換えなくてはならない地区から通っている生徒は、1日の交通費だ
けで200円(200,000ドル)かかるのだ。
これは、銀行に4日並ばなければ引き出せない額である。

学校に着くと先生は生徒に自習をさせて銀行にお金を下ろしに行く。
列が長いので、先生が学校に戻る頃には生徒が下校してしまっている。
授業が受けられるのは、先生が銀行に行かない日なのだ。

自分が働いたお金を銀行から引き出すために毎日時間がとられ、仕事ができ
ないのは教師や会社員だけではない。
銀行の外の長い列には、警察官も軍服を着た兵士も並んでいる。
これでは、国の柱も天井も床も、すべてが薄くなってしまうだろう。

(11月12日 記   ジンバブエ 高橋)

■ 遂に井戸水の暮らし 

ハラレは、連日32度を超える暑い日が続いている。
湿度がなくカラッとしているので、日陰にいる分には汗をかく
こともないが、太陽の熱を吸いこんだ日中のアスファルト道の
近くは、思わず目や口をおさえてしまうほど空気が熱い。

雨季を告げる大雨が降ってから2週間が過ぎた。
その後やってきた雨雲は、どれも青空のなかに消えてしまい
雨は一滴も降らず、空気も土もすっかり乾いている。

これから本格的な夏を迎えるというのに、数ヶ月にわたって
断水が続いている町や地域が全国にいくつもある。
私が住む地区も、この1ヶ月半の間に蛇口から水が出たのは
2回だけだ。

テレビのニュースでは、断水はポンプの老朽化が原因、水は
あるが浄化する薬品を輸入する外貨がない、と繰り返すばか
りで、さっぱり解決に向かわない。

解決に向かうどころか、120kmほど離れた町、チノイでは
コレラが発生し、ハラレでもコレラの死者が出はじめている。

最近、水資源省の大臣が「週末には多くの地域で水が出る
ようになる」と発表したものの、水は一向に出ず、テレビ局に
問い合せの電話が殺到したらしい。
怒りというより、何とも悲しい雰囲気でそのテレビ番組は終った
と、見ていた友人は言う。

『一体、この断水はいつまで続くのだろう?』 毎日、そう思って
暮してきた私だが、ある日を境に
『ひょっとしたら、この先、何年も水は出ないかもしれない』と
思うようになった。
なぜ、今まで期待してきたのだろう。

私は井戸水を使うことにした。
6年前に井戸を掘り、水があることはわかっている。
あとは、ポンプをつけて水を汲み上げるだけなのだ。
そう言えば簡単だが、費用がかさむので、なかなか実行
できなかったのである。

早速、業者に来てもらった。

6年前、畑の地下40mのあたりで水が出、煙突ほどの円筒を
入れたままになってある。
そのフタの部分を切り、円筒の底までポンプを下ろして
ジェネレーターのスイッチを入れると、ホースの口から勢いよく
白く濁った水が噴き上がった。

勢いが止まると、円筒の底から、チョロチョロと水が
流れる音が聞こえてくる。
地下から届くひんやりとした水の音は不思議と近く感じられ、
まるで風鈴の音のように、心地よかった。

業者によると、水量が足りないとのことで、2500リットル
のタンクに水を貯めて使うことになった。

台所の蛇口から水が勢いよく出た時は感激し、
また生活がスタートしたような気がした。

『湯水のように使う』とは、ここでは貴重なものを大切に
使うということになる。

流水を手で受けるたびに、ありがたい気持ちになり、
すみずみまで何かが行き渡る。


         (ジンバブエ 高橋)
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