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■ 3/31夜7時~NHK衛星ハイビジョン「夢の古代文明紀行」 

  12世紀から15世紀の間、建て続けられたジンバブエ遺跡は、
  今も多くのジンバブエの人たちに、
  祖先のスピリットと交信する最良の地、と考えられています。
  遺跡の近くの村のナンガ(霊媒師)のもとには、
  心身の問題の解決法を祖先に聞いて欲しいと
  相談に行く人が絶えません。
  
  番組では、ジンバブエ遺跡だけでなく、
  遺跡の近くに住む人たちにより、
  数百年間伝えられてきたと思われる歌やダンス、
  伝統楽器の演奏が見られます。
  「あのジンバブエ(石の家)は、私たちの宝物だ」と歌うのです。



遺跡の入口に、ヘリコプターでの空撮を見に来た子どもたち

  
  遺跡の入口に、ヘリコプターでの空撮を見に来た子どもたち
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■ NHK衛星ハイビジョン 「夢の古代文明紀行」 

  3月31日(土)・4月1日(日)19時~22時、ニ夜連続の
  一夜目 31日に遂にジンバブエ遺跡が登場します!!!
  是非、ご覧ください!!!

  ご案内は関口知宏さん、その案内にジャナグルの
  クライブ・マルンガが出演します。
  
  遺跡のほかに、
  ジンバブエの伝統音楽とダンスも紹介されます。
  当然ながらンビラもホショも、そして村の人達は、
  ジャナグルを見た方ならご存知の、あの”マガヴ”を
  足に結び、シャカシャカ!と鳴らして踊ります!
  お見逃しなく!

  番組へのご意見、ご感想の送先は以下です。
  日頃の感想もまじえ、どしどし書き送りましょう!
  http://www.nhk.or.jp/css/goiken/index.html
  こちらがNHKの 「ご意見ご要望の メールフォーム」です。

■ 高橋は日本に向かっています。 

  4月末からのアフリカンアート展、その他の仕事の
  ため、3月28日、ハラレから日本に向かいます。
  日本でお会いする皆さん、
  今年もよろしくお願いします!!!

■ 季節は今日から秋 

   アートセンターはここまで進みました!

3月中のアートセンター

屋根を受けるゲーブルもでき、今日は電気の配線と
排水の結果をチェックしています。


センターの窓から・・・

センターの窓から入口のゲートを見る。満開と思って
いた黄色のアカシアは、更に咲き続け、まだまだ
これからも黄色に燃えそうである。
この木の下では、人がみなきれいに見えるから
不思議だ。


マルンガととビルダー

仕事を終えたビルダーにマルンガが何か説明しているところ。
ビルダーは、作業着を脱ぐと、みなファッショナブルで
粋なサングラスをかけていたり、ドレッドロックス(ヘアー
スタイル)だったり、靴はピカピカで、誰が誰なのか
わからなくなる。


樹齢100年にもなるジャカランダ

アートセンターの横にある100歳近いジャカランダ。
まだ成長を続けています。
木の下に車が止めてあり、人が数人いるのですが、
小さくてわからないでしょうか。

■ 水面に姿を映す燕 

チャプング ツバメ

久しぶりに彫刻の村、チャプングビレッジに行ってみた。

約7000坪のひろびろとした敷地の中には、ゆっくりと流れる
川があり、あちこちに大きな石の彫刻が展示されている。

川沿いにわずかに茂っていたパピルスが、いつのまにか
ジャングルのようにあたりを覆い、一体どこに迷い込んで
しまったのだろう、という気持ちにさせる。

川下に目をやると、石の燕が水面に姿を映していた。

ここに来るたびに、木橋の手すりにもたれて、
何度も眺め入った作品である。
翼の影の下では、今も小さな魚が戯れ、
水面には、うす紫の蓮の花が咲いていた。

■ ギャラリー マンゴーの木 

マンゴーギャラリー

マンゴーの木に、バティックを結んでみました。

木が大きいので、バティックは小さく見えますが、
サイズは、2mx1,5mで、ここでは
一番大きなものです。

今年は、ゴールデンウィークに
神戸市中央区栄町通りのすてきなブティック・カーアッシュ
2階を皮切りに、
以下の日程で、アフリカンアート展を開催する予定です。

●5月22日(火)~26日(土) 札幌 ギャラリーユリイカ
●6月27日(水)~7月1日(日) 苫小牧 egao
●7月3日(火)~8日(日) 札幌 ギャラリー粋ふよう
●7月11日(水)~15日(日) 山形 布の森キャンベル ギャラリー
●7月20日(金)~22日(日) 盛岡 南昌荘
●8月3日(金)~8日(水) 秋田 アトリオン3階ギャラリー

  日程が数日、前後する会場が出てくるかもしれません。
  この他、凾館、小樽でも開催する予定です。
  決定次第、改めてお知らせいたします。

★★今年は、アイロンやゼンマイ、自転車のチェーン、
   スプリングなど、不用のパイプや金属片で作った
   見事な昆虫、梟など、何の解説もいらない
   ウッ!と唸るばかりのメタルアートの数々、
★★マンゴーの葉と共に風にはためく、
   アフリカの自由な人が自由に描いたバティックを
   大小とりまぜてご紹介いたします!
★★もちろん、その他にもたくさんの作品を準備して  
   います。お近くの方は、是非、おこしくださいね!

** このマンゴーの木には、色々な種類の鳥が住んで
   います。水を入れた平たい器を木の近くに置いておくと
   鳥が次々とやってきて、バシャバシャと水浴びをして
   満足し、また、飛び去っていきます。
   のどかな日曜の昼下がりです。
   2日間続いた停電は、さきほど解除されました。

キリンのバティック


象のバティック

■ 数日の間に2度もニュースになった安倍首相 

 1週間前、ハラレのファーストストリートに面した店の
ウィンドウに、大きなキリンのかわいいバティックが
飾ってあったので、中に入ってみた。
 お客よりも店員の数の方が多い店で、
大きなボリュームでラジオの音楽が流れている。

 ラジオはいつのまにか、ニュースの時間になり、
「ジャパニーズプライムミニスター ミスター安倍」と
流れた。

 「安倍首相は、戦争中に韓国から強制的に日本に
連行された女性たちが軍に性的奴隷にされたことに対し、
謝罪はしない、と発言。しかし、韓国では・・・」
 
 40代の男性の店員やレジの女性は、何だか気の毒
そうに私をチラリと見たが、何も言わず。私の方も
恥ずかしくてニュースを最後まで聞くことができなかった。

 その4日後の土曜日、今度は日刊紙ヘラルドに
次のような記事が載った。見出しは
「日本の首相、外国のメディアの誤った報道を非難」である。

 記事には、ーーー安倍首相は、『外国のメディアは、自分が
言ったことと違う報道をしていると非難』、なぜそれに
対抗しないのかという質問には 『効果のない議論の
引き金になるだけ』と答えたーーーとある。
 
 
 

新聞の切り抜き


 <写真の説明>
 3月10日付けヘラルド紙、ピンクのラインで囲んだ
 部分が、安倍首相の記事、
 その記事の上の写真は、ブッシュ大統領の訪問に
 抗議するブラジルの国民(サンパウロ発)

■ MOSI-OAーTUNYA (モシ オア トゥンヤ)-3- 

リビングストン

ザンベジ川が滝に向かって流れる雄大な景色を
一望できる場所にイギリスのリビングストンの
大きな彫像が立っている。

 台座には、探検家、宣教師、解放者と書いてあり、
この滝の発見者ということになっている。
 しかし、リビングストンが来る前から、人々はここで
暮し、滝には名前もついていたのだから、発見者と
いうよりは、滝を見てイギリスに報告した人、という方
が正しいだろう。”解放者”とあるが、何を解放したのか。

 発見者と言えば、ジャマイカのバーニングスピア-と
いうレゲエバンドは、コロンブスのことをこう歌っている。
 『コロンブスは大嘘つき、アメリカ大陸を発見した
なんて言ってるけど、そこには、ずーっと前から
インディアンがいたじゃないか』。

 これはリビングストンにもあてはまることで、東アフ
リカにあるビクトリア湖をはじめ、アフリカ大陸には
ビクトリア、またはイギリス人の名をつけられた名所が
一体、いくつくらいあるのだろう。

 滝に添った遊歩道を歩いていくと、ザンビアとの国境の
鉄橋が見えるところが終点になっている。そこからは、
歩いて橋を渡る人や車やバスが見える。
 鉄橋の下は急激に蛇行するザンベジ川だ。
 数年前に来た時は、ヨーロッパからの観光客が、その
橋からブンギージャンプをしていた。水面から数メートルの
ところまで、体を逆さにつるし振り子のようにゆれている。

 地元の人達から見れば、あんなことをするために
お金をかけるなんで考えられないことで、白人は何一つ
不自由のない平穏な暮しをしているので、スリルや危険を
楽しむためにお金をかける、と考えている。
 それに比べて、地元の人達の暮しはわざわざ危険に
お金をかけて近づかなくても、毎日がサバイバルなのだ。

 遊歩道は、年中、滝の水しぶきを受けてできたジャン
グルの中に続き、うっそうとした植物で空がみえないほど。
 滝を見ている間に濡れた服は、だんだんと乾いてきて、
ジャングルをぬけ、草原を歩き、入口のゲートに
戻った頃には、すっかり乾いていた。
                        おわり

■ ベルベデア通りの黄色いアカシア 

アカシアの大木


 アートセンターのまわりは、初夏に紫色の花を咲かせる
 巨木のジャカランダばかりかと思っていましたが、
 ゲートの前の木はアカシアでした。
 黄色いこんぺいとうのような花が満開です!
 今、ハラレは右を見ても左を見ても、この黄色い花が
 咲いています!
 この木は、ジャカランダのように好き勝手に枝を伸ばさず
 やさしく丸いこの形に成長するのであります。

■ アフリカのあさがお 

  何気なくのぞきこんだ雑木林に
 
  あさがおの花がカーペットのように

  咲きつめていることがある。

  まるで、不思議な紫のあかりが灯っているようだ。

  路地を曲がったここでは、

  天に登るような勢いで

  あさがおの花が咲いている。

  なつかしさに足を止めると、秋の匂いがした。

朝顔


■ MOSI-OAーTUNYA (モシ オア トゥンヤ) -2- 

 ビクトリアフォールズ駅を右手に、線路をわたって
ゆるやかな坂を下っていくと、左側に国立公園の
入口がある。
 入園料を払って、ゲートをくぐり雑木林の中の道を
しばらく歩いていくと、「ゴォーーーーーッ!」という
地響きのよう轟音が聞こえてきた。
 
 更に道を進んでいくと、急に視界が開け、抜けるような
青空の下に、幅が1km以上あるザンべジ川が見え、
向こう岸には隣国のザンビアが見えるはずだった。
 
 しかし、それは乾期に限ったことで、雨期の今は
なんとザンベジ川のほんの一部しか見えない。
 それどころか、場所によっては風向きが変わると
水しぶきで、数メートル先も見えなくなるのだ。

ビクトリアフォールの姿


じーっと見ていると、水煙の切れ間に、ぼんやりと
人の姿が見える。空中に浮いているようだが、
ザンビア側の島で滝を見物している人達なのだ。
 うっすらとでも遠くが見えると、自分が驚くような
スケールの自然の中にいるということがわかるが
見とおしがきかないので感激もゆるやかだ。
 
 これがもし乾期だったらどうだろう。

 青空の下、ザンベジ川が(よく見ると川沿いを象が
歩いているかもしれない)、目の高さから地球の割れ目の
ような谷底に水しぶきを上げて落下しているのが見え、
その上に、虹が出ている!
 向こう側のザンビアが見渡せ、こちらと同じ高さで
滝を見物する人達が見える。私達が生きている地球は、
なんて素晴らしいんだろう。
 おそるおそる滝の底をのぞき込むと、水が渦巻いて
いて、深さは100m以上だ。この轟音は、何百年、
いや何千年とこのあたりに轟きわたってきたのだろうか。

 のぞきこむのもためらうような深い滝に、アメリカや
ヨーロッパから冒険野郎がやってきて、ドラム缶に
体を入れたり、色々な方法で谷底に下りようとしたらしい。
しかし、これまで生きて帰ってきた人は一人もいないと言う。
                       つづく

ジャナグル公式ページ公開!!! 

ジャナグル公式ページ公開!


準備をすすめていました ジャナグルの公式ページを
いよいよ公開いたします!
http://hal-ulala.info/jenaguru/
ジャナグルのこれまでの活動、アルバム、資料館、
そしてネットショップなど、是非、ご覧ください!!!

また、今後、日本各地でのツアーの思い出や
アートセンターの現況、 
アフリカへ旅行する方に役立てて欲しい旅情報など、
内容を広げていく予定です!

こちらのブログ同様 ご訪問ください!!!
どうぞよろしくお願いいたします。

■ MOSI-OAーTUNYA (モシ オア トゥンヤ) -1- 

 ジンバブエで、観光客が一番多く訪れるビクトリアフォールズ
(滝)に行ってきた。ハラレから陸路で約800キロ、飛行機だと
1時間半の距離である。
 空から見る大地は美しく、以前、ブログで紹介した写真集、
『フライング ハイ アフリカ』のページが次々とめくられて
いくようだった。
 
 ビクトリアフォールズの空港は、広大なナショナルパークの中に
ある。現在、中東のカタールから大型の直行便を迎えるために、
滑走路の拡張工事が進められているが、木々が生い茂る緑の
海のような中にあっては、拡張後の滑走路でさえ、絆創膏ほど
にしか見えない。
 
 滝をかたどった空港ターミナルでも工事がはじまっており、新しく
ハングルの看板の店が出ていた。そういえば、飛行機には中国人観光
客が何人も乗っていたし、アジア人のビジネスが増えたのかもしれない。

 ハラレは台風が近づき肌寒いほどだったが、標高1000m
以下にあるビクトリアフォールズの気温は34℃という暑さだった。
それでも人々は、「今日は涼しいね!」と挨拶を交わしている。
気温の割に湿度は低いのか、公園の芝生で気持ちよさそうに昼
寝をしている人が何人もいた。

 さて、ビクトリアフォールズ(滝)という名称だが、これはイギリス
人が入植してきてこう呼びはじめたのであって、地元の人達は、
どう呼んでいたかと言うと、
 ”MOSIーOAーTUNYA” モシ オア トゥンヤ で、
 雷鳴が轟く水煙の滝、という意味である。
 
 同じように、ジンバブエ遺跡の近くにある町は、植民地
時代に ”フォートビクトリア” (ビクトリアの砦) と呼ばれて
いたが、こちらは独立後に ”マシンゴ(Masvingo)”(ショナ語
で砦)という以前の名称に戻された。

 もう20年前になるが、ハラレのコンファレンスセンターで、
イギリスのバンド、Misty in Roots のコンサートがあった。
 このバンドは当時、イギリスのLKJやスティールパルスと
並ぶ人気の高いレゲエバンドで、会場は満席!大統領の
お母さんの顔もあったのを覚えている。

 このMisty in Roots のメンバーのムーニャ・ブラウンは
その後、ジンバブエに居を移し、当時のジンバブエの国歌
「イシェコンボレラ アフリカ(神よアフリカに祝福を)」をレゲエに
アレンジして発表、そのレコードのレーベルが”MOSIーOA-
TUNYA” だった。
 真ん中に、大きな滝が描かれたレコードは新鮮で、国歌がレゲエの
リズムに乗り静かに船出したような気がしたものだ。
                             つづく 
                         (高橋)
        
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