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礼状  

高橋さんから 2002年の年の暮れに いただいたお手紙を転載します。
2002年は 北海道を回ったジャナグルコンサート 「ハランベ」の年でした。私は コンサートに関係したたくさんの人に送られたであろう このお手紙を読んで、コンサートを応援して素敵なライブを見て、間接的にジンバブエのストリートキッズたちへささやかなプレゼントを贈ることができたことを とても誇りに、うれしく思いました。



「HAL。さま

その後 お変わりなくお過ごしでしょか。
11月中旬、真夏のジンバブエから戻りました。
現地では依然として主食、ガソリンなどの必需品が不足し、外貨を取り巻く状況も変わってはおりませんが、雨季は順調にはじまっており、来年の収穫に希望をつなぐこのごろです。

 さて、ご報告ですが、去る11月9日、ハラレ市中央にある公園、ハラレガーデンのステージ付広場をジャナグルが借り切り、ストリートキッズのひと足早いクリスマスパーティーをしました。用意したものは、ソーセージロール、ミートパイ、ビスケット、ドリンク、1000食分で、会場に集まった子どもたち、妊婦、しばらく食事らしいものを食べていないという人達にひとつずつ手渡しました。少しでも安く購入したく、ビスケットの工場に行ったところ、小麦粉も砂糖もないと言われたのですが、事情を汲んでもらい、何とか注文した一を焼いてもらうことができたのは幸いです。
 パーティーの日、同じ会場を市の職員が誤って政府が取材する反エイズキャンペーンのコンサートにも貸しており、2つの催しがクラッシュしたのですが、互いにサポートしあい、2倍以上の賑わいとなりました。
 このパーティーの費用は全部で10万円。公立はこだて未来大学のヒラリー先生からあずかっていた一万円にコンサート会場での物品販売の売上から9万円を充てました。芝草に腰を下ろし、音楽を楽しみながらほおばるランチ1人分が100円の計算です。12月31日~1月1日にかけてジャナグルニューイヤーコンサートで収益が出たなら、来年の3月、今度は衣類も用意してのパーティーを開きたいと考えています。アートセンターを建設できたあかつきには、その裏庭で子どもたちに食事を与えたいと思い続けてきましたが、別の方法で実行できたのは、背中をグッと押してくれる力があったからではと思っています。
 ニューイヤーコンサートですが、準備は着々と進んでおり、国営テレビ放送はコンサートの生中継を検討中です。また、予算があれば花火を打ち上げたい。当地では花火を楽しむ機会がほとんどないのです。
 このような活動をし、ジャナグルコンサートを再開できるのも、この夏の北海道でのコンサートが成功したからに他なりません。改めてお礼を申し上げたいと思います。

 今日はクリスマスパーティーの写真、現地の新聞記事、ニューイヤーコンサートのチラシ(一番安い紙に印刷)、そしてたった今届きましたLOOK JAPAN 12月号(日本を世界に紹介する月刊誌で、英語・中国語・スペイン語で発行されている)に掲載されました記事を同封させていただきます。


 今年は本当にすばらしい年でした。
2003年、赤道での記憶を育てることができたなら、こんなうれしいことはありません。

どうか 健やかな新年をお迎えください。


         2002年12月5日  ジャナグルアートセンター代表  高橋 朋子」
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